2017年07月
ムスメと気軽に使っているが、なぜ自分の女の子を娘とよぶのだろうか。
調べてみた。
娘の「むす」とは、君が代に使われている「こけのむすまで:苔の生まで」と同じで、生まれる意味に使われる。
ムスメの「め」は「女:め」の意味であるから、生まれてきた女との意味になる。
調べてみるとどうってことないが、娘への愛しさは変わらない。
20年前の二人のブログ「いるかしんぶん」 初俳句?

晴れ間見え
突然降り出す
雨の朝
【まどか】
調べてみた。
娘の「むす」とは、君が代に使われている「こけのむすまで:苔の生まで」と同じで、生まれる意味に使われる。
ムスメの「め」は「女:め」の意味であるから、生まれてきた女との意味になる。
調べてみるとどうってことないが、娘への愛しさは変わらない。
20年前の二人のブログ「いるかしんぶん」 初俳句?

晴れ間見え
突然降り出す
雨の朝
【まどか】
運がよいとか悪いとか、この世は偶然の運命に支配されていると若い時は思っていた。
だが偶然のように見えても、知ってか知らずにか自分のまいた種子の結果なのだ。
お花の種子や農作物の種子も、よい種をまかねばよい花も咲かず、よい実もみのらない。
こんなあたりまえな因果の道理を知らず、かくれもない業の報いをさとらず、
過去・現在・未来が繋がっていることもわからず、善いも悪いもわきまえない、誤った人々の仲間になってはならない。
因果の道理は絶対の理法。
もし因果の道理が空しいそらごとであるならば、ブッダ・イエス・モハメッドがこの道理を説くはずがなく、
自ら苦行の旅に出るはずがないと考えます。
善い種子をまきましょう。
(釈迦、キリスト、ムハンマドは発祥年代順)

立ち止まる
夏の暑さに
滲む汗
【まどか】
だが偶然のように見えても、知ってか知らずにか自分のまいた種子の結果なのだ。
お花の種子や農作物の種子も、よい種をまかねばよい花も咲かず、よい実もみのらない。
こんなあたりまえな因果の道理を知らず、かくれもない業の報いをさとらず、
過去・現在・未来が繋がっていることもわからず、善いも悪いもわきまえない、誤った人々の仲間になってはならない。
因果の道理は絶対の理法。
もし因果の道理が空しいそらごとであるならば、ブッダ・イエス・モハメッドがこの道理を説くはずがなく、
自ら苦行の旅に出るはずがないと考えます。
善い種子をまきましょう。
(釈迦、キリスト、ムハンマドは発祥年代順)
立ち止まる
夏の暑さに
滲む汗
【まどか】
コンピューターは、0と1の組み合わせで動く。
この無機質な0と1だけで計算をしたり機械を動かす。
「あいうえお」や「ABCDE」にしてもそれ自身は何の意味も持たないのですが、
並び方ひとつで意味を持つようにもなる。
例えば、DとGとOの三文字を取り上げてみると
DGO
DOG
OGD
ODG
GDO
GOD
の六通りになります。
その中でDOGとGODと並んだ時に意味を持ちはじめる。
しかも、並び順が違うと意味は全く違ってしまう。
毎日意味もなく行動していることも、その順序を変えるだけで大きな意味を持ち始めるかもしれない。
決まった時間に玄関から出る時間を変えてみる。
靴を履く順番。
etc......
行動に意味を持たせると、人生は変わります。
それは変化することです。

気が付けば
蝉の鳴き声
夏の風
【まどか】
この無機質な0と1だけで計算をしたり機械を動かす。
「あいうえお」や「ABCDE」にしてもそれ自身は何の意味も持たないのですが、
並び方ひとつで意味を持つようにもなる。
例えば、DとGとOの三文字を取り上げてみると
DGO
DOG
OGD
ODG
GDO
GOD
の六通りになります。
その中でDOGとGODと並んだ時に意味を持ちはじめる。
しかも、並び順が違うと意味は全く違ってしまう。
毎日意味もなく行動していることも、その順序を変えるだけで大きな意味を持ち始めるかもしれない。
決まった時間に玄関から出る時間を変えてみる。
靴を履く順番。
etc......
行動に意味を持たせると、人生は変わります。
それは変化することです。
気が付けば
蝉の鳴き声
夏の風
【まどか】
自由って何だろう?
若い時から仲間と喧々諤々、あーでもないこーでもないと議論してきた。
自由って、理屈というか枠にはめると自由じゃなくなる気がする。
それで自由に度をつけて自由度と考えれば尺度が動く分柔軟に考えられるのではないか、というのが今の結論。
目的に対しては、これは絶対だから自由度は全くない。
その目的を達成するための手段に対してのみ自由が与えられる。
その手段も仲間と共同達成を目的とするなば、自分勝手に行動するわけにはいかない。
企業組織の場合でも、その目的は明確です。
その一つの目的のために多くの人が集まって力を合わせる。
言い換えれば、目的を達成するための役割分担です。
与えられた役割分担に対して、どういう手段を使うかは分担を受け持った人の自由です。
自分の与えられた役割についてのみ自由度が高くなるんだと考える。
逆説的に考えれば、役割のない人には自由度は少ない。
若い時に自由がないと感じた理由がそこにある。

影を踏み
暑さを誤魔化す
朝の道
【まどか】
若い時から仲間と喧々諤々、あーでもないこーでもないと議論してきた。
自由って、理屈というか枠にはめると自由じゃなくなる気がする。
それで自由に度をつけて自由度と考えれば尺度が動く分柔軟に考えられるのではないか、というのが今の結論。
目的に対しては、これは絶対だから自由度は全くない。
その目的を達成するための手段に対してのみ自由が与えられる。
その手段も仲間と共同達成を目的とするなば、自分勝手に行動するわけにはいかない。
企業組織の場合でも、その目的は明確です。
その一つの目的のために多くの人が集まって力を合わせる。
言い換えれば、目的を達成するための役割分担です。
与えられた役割分担に対して、どういう手段を使うかは分担を受け持った人の自由です。
自分の与えられた役割についてのみ自由度が高くなるんだと考える。
逆説的に考えれば、役割のない人には自由度は少ない。
若い時に自由がないと感じた理由がそこにある。

影を踏み
暑さを誤魔化す
朝の道
【まどか】
創造性とは新しいこと、革新的なことをやることです。
独創とはだれもやらなかったこと、気のつかなかったことをやることです。
したがって、それを実行した場合、失敗するかもしれない、
途中で思いもよらぬ出来事が起こって、器危機に瀕することがあるかもしれない。
この危険を感じながら敢えて実行することを冒険といいます。
そしてこれを敢えてやるという気構えを勇気と言います。
勇気とは、思い切って決行する気迫です。
人間が何か新しい行動をしようと決心するとき、自分の心の中にそれを拒む抵抗があります。
それは俗にいう、取り越し苦労というものであり、あるいは現状維持本能というものもあります。
こうした心の抵抗を打ち破り、切り捨てて、まず実行することを決心する必要があります。
けれでも,それは単に強引にそれをするということではありません。
まず、それをやれるという自信というものがないと勇気が出てこないものです。
自信はその問題の困難性を見通すことと、それを解決する能力の自己評価との兼ね合いで決まるものです。

緑吹く
サラサラ流れ
雨待つ草
【まどか】
独創とはだれもやらなかったこと、気のつかなかったことをやることです。
したがって、それを実行した場合、失敗するかもしれない、
途中で思いもよらぬ出来事が起こって、器危機に瀕することがあるかもしれない。
この危険を感じながら敢えて実行することを冒険といいます。
そしてこれを敢えてやるという気構えを勇気と言います。
勇気とは、思い切って決行する気迫です。
人間が何か新しい行動をしようと決心するとき、自分の心の中にそれを拒む抵抗があります。
それは俗にいう、取り越し苦労というものであり、あるいは現状維持本能というものもあります。
こうした心の抵抗を打ち破り、切り捨てて、まず実行することを決心する必要があります。
けれでも,それは単に強引にそれをするということではありません。
まず、それをやれるという自信というものがないと勇気が出てこないものです。
自信はその問題の困難性を見通すことと、それを解決する能力の自己評価との兼ね合いで決まるものです。

緑吹く
サラサラ流れ
雨待つ草
【まどか】
人は必ず自分の型というものを持っている。
あるいは理想像というものを描いている。
然しその目で他人を見ると、それは全部欠点に見える。
例えば几帳面できれい好きな人が上役となり、片付けのできないルーズな人も見ると、
整理整頓しなきゃダメじゃないかと言いたくなってしまう。
しかし乱雑に見えてはいるが、その人にとっては効率的にモノが配置されていたりする。
それが他人の理想像なのだ。
ではどうしたらよいのだろうか。
まず、人の欠点・短所を認めなければよい。
個性というものは自分では変えられるかもしれないけど、他の人では変えられないものだとあきらめること。
欠点という風に見えているその裏には、必ずその人の何か個性があって、その個性がたまたま欠点という形になって表れているだけのことだと考える。
欠点とか短所とか言われるようなものを少し掘り下げて考えてみると、それはその人のあるクセだということがわかります。
そのクセをいい方に振り替えることはできるはずです。

雨滲む
紫陽花の青
跳ねる空
【まどか】
あるいは理想像というものを描いている。
然しその目で他人を見ると、それは全部欠点に見える。
例えば几帳面できれい好きな人が上役となり、片付けのできないルーズな人も見ると、
整理整頓しなきゃダメじゃないかと言いたくなってしまう。
しかし乱雑に見えてはいるが、その人にとっては効率的にモノが配置されていたりする。
それが他人の理想像なのだ。
ではどうしたらよいのだろうか。
まず、人の欠点・短所を認めなければよい。
個性というものは自分では変えられるかもしれないけど、他の人では変えられないものだとあきらめること。
欠点という風に見えているその裏には、必ずその人の何か個性があって、その個性がたまたま欠点という形になって表れているだけのことだと考える。
欠点とか短所とか言われるようなものを少し掘り下げて考えてみると、それはその人のあるクセだということがわかります。
そのクセをいい方に振り替えることはできるはずです。

雨滲む
紫陽花の青
跳ねる空
【まどか】
マクロン大統領夫人の話題で世の中のマダムは大騒ぎだが、彼女の元夫がフランスで話題になることは無い。
日本だと誰だ誰だと大騒ぎになるのだろうが、エリート銀行員の元夫は静かに暮らしている。
不倫は道徳的にいいことではないでしょうが、犯罪ではありません。
感性と感性、知性と知性がぶつかり、年齢を超えて恋に落ちる事は誰にでもある。
その感性を、知性を、認めるかどうかが文化の違いと言えるのではないだろうか。
エマニュエル・マクロン

日本だと誰だ誰だと大騒ぎになるのだろうが、エリート銀行員の元夫は静かに暮らしている。
不倫は道徳的にいいことではないでしょうが、犯罪ではありません。
感性と感性、知性と知性がぶつかり、年齢を超えて恋に落ちる事は誰にでもある。
その感性を、知性を、認めるかどうかが文化の違いと言えるのではないだろうか。
エマニュエル・マクロン

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