仏教の本質とは、生老病死という四苦(しく)を素直に認識すること。
四苦から脱するヒントは、死と生が一つのものと気づくことだと。

「生即死 死即生」との言葉があるが、オギャーと生まれた時から生とともに死が始まる。
私は現在生きているが、それは刻一刻と死んでいる。
死は見えないものではあるが、今ここに確実に現存していると説いている。
生と死は矛盾しながら私たちに存在を求めてくる。

矛盾的相即を認めること。
生と死が一つのものだと認めれば、死ぬことは寂しくも悲しくもない。

東大寺・狹川宗玄長老は95歳の今年2月に妻を亡くした。
そんな高僧であっても、心の支えをなくし人に会いたくなくなり、出不精になってしまうと吐露している。
しかし、生即死 死即生だと思えば、生と死は繋がっていると。

そしていま、長老は「妻もまだ生きていると笑う」


毎日新聞特集



0624
昨日の雨
そっとうつる
水たまり
【まどか】