自慢じゃないが、孔子の言葉を綴った「論語」によく出てくる、「子曰わく」の言葉を、
師のような高い地位の人も、苦しみ、のたまわっているんだと思い込んでいた時期がある。
それはそれで、もっと発奮して謙虚に頑張れねばと思っていました。
詠み方は、子曰(し・のたま)わくです。

しかし、孔子をほんの少し学んでいくと、論語に書かれている言葉は詠む人によってどんな捉え方をしても良いと書かれている。
「のたまわく」だろうが、「のたまわる」でも、良いんだと。

ちなみに、曰(い)わく、と詠むときもある。
 対等な関係の人や目下の人が言った場合には「いわく」,
 先生や年長者など目上の人が言った場合には「のたまわく」になる。
たぶん、全体の文章の意味が分かりやすいようにとの後付なのでしょう。

論語は謙虚な姿勢(気持ち)になれるので好きです。
今日も意味も分からず、のたまわりながら論語のイロハを学んでいきます。

「子曰、学而時之、不亦説乎、有朋自遠方来、不亦楽乎、人不而不慍、不亦君子乎」

子曰(しのたま)わく、学んで時(ここ)に習う、亦(また)説(よろこ)ばしからずや。
有朋(とも)、遠きより方(なら)び来たる、亦(また)楽しからずや。
人知らずして慍(いか)らず、亦(また)君子ならずや。

師は語る。教えを受け、あとから練習をする。なんと楽しきことではないか。
友が遠方より皆来てくれる。なんとも嬉しいことではないか。
他人に認められなくても気にかけない。なんと素晴らしい人柄ではないか。


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アスファルト
ふわふわ舞う
雪の音
【まどか】








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