今日の空 (自分を奮い立たせる朝のひとこと)

1996年に日本で最初の真珠のECショップを開設し、決済システムの必要性からNTTリバイ、アコシス、キャピオン等の電子決済システム構築に関わると共に1999年からは国・地方行政からの依頼で、公務にて新規事業支援分野、主にEC・ベンチャー支援業務として各地を行脚しました。
特に宮城県の産業支援に6年間毎月通うことになり、本当にお世話になりました。感謝しております。
2006年度から、特任教授の肩書きで国立大学のお仕事をさせていただきました。
素晴らしい仲間と多くの学びを頂戴しました。(少しは国の為にお役に立てたかな?)
2009年10月からは、日本の伝統産業である「真珠」業界の輝きを取り戻す為に楽しく笑顔で、日本全国にご紹介させていただきます。
さぁ今日も朝の一言から頑張るか  岩城達夫 

歌詞はちょっと悲しいですが、好きな歌だ
「SUKIYAKI : 上を向いて歩こう」
It's all because of you,
I'm feeling sad and blue
You went away, now my life is just a rainy day
And I love you so, how much you'll never know
You've gone away and left me lonely

海からの贈り物ー真珠・パール

2012年07月

23年目に向けて

1989年8月1日に岩城真珠を創業しました。

2012年7月31日
金なし・縁なし・才能なしで22年間走り続けてきました。


皆様の御陰です。
有難う御座います。


本当に・本当に・本当に有難う御座います。


岩城真珠 店主;岩城達夫


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新しい分野への思考法

無意識に受け入れると極めて便利なものに【分類】がある。
分類は人々の思考構造を固定化させる力を持つ。

性別、国籍、職業、喫煙、ベジタリアン、アニメオタク・・・・
こうした分類でくくられた瞬間に、人間の頭は構造化されてしまう。
その瞬間に、設定された分類を超えた新しい思考をすることが難しくなる。

だから注意しなければならないことは、
「社会にある分類は、自分の意思で超えられる」という考えを持つこと。

分類の胡散臭さに気がつき、分類に基づいてできている境界を疑ってみる。
これらは何らかの意図で誰かによって人工的に作られている。
社会が作った分類を受け入れることは、心地よく楽なことであるが、
そこにある分類を壊し、自分で再定義することが当たり前の思考を超える方法であり、新しい価値を生み出す方法である。


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楽天:成功コンセプト

常に改善、常に前進 
人間には2つのタイプしかいない。
【GET THINGS DONE】様々な手段をこらして何が何でも物事を達成する人間。
【BEST EFFORT BASIS】現状に満足し、ここまでやったからと自分自身に言い訳する人間。
一人一人が物事を達成する強い意思をもつことが重要。

Professionalismの徹底

楽天はプロ意識を持ったビジネス集団である。
勝つために人の100倍考え、自己管理の下に成長していこうとする姿勢が必要。

仮説→実行→検証→仕組化

仕事を進める上では具体的なアクション・プランを立てることが大切。

顧客満足の最大化

楽天はあくまでも「サービス会社」である。
傲慢にならず、常に誇りを持って「顧客満足を高める」ことを念頭に置く。

スピード!!スピード!!スピード!!

重要なのは他社が1年かかることを1ヶ月でやり遂げるスピード。勝負はこの2〜3年で分かれる。



「たがが英語!」三木谷浩史

水、そして血液も同じだが、流れていて役に立つ。
澱んでいては腐る。
組織の中の人を水に例えて、この成功コンセプトがあるのだろうか?
楽天は静かに流れる水流ではなく激流を目指しているだろう。
激流を生み出せば、岩をも砕く力を持つことになる。



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心の時代ではなく、心を鍛える時代。

法相宗大本山
興福寺貫首 多川 俊映 氏は、情報の時代について・・・・・

現代の人は、自分にとって都合の良い情報を入れようと目の色を変えて躍起になり、しかも、心がしっとりと潤うなどを願っているが、そんな都合の良い一石二鳥は、ない。
ないものは、探しても見つからない。
それより、情報という喧騒からきっぱり決別する時間をどう担保するか。
その気概を持たずして、なにが『心の時代』か。と、前々号のお寺の機関紙「興福」で述べていた。

未だ腹の虫がおさまらないのか、最近届いた「興福」156号で多川貫首は以下のように再説している。


それにしても皆、自分の都合に合う情報を求めて必死である。
それに端末の携帯化が拍車をかけて、もはや歩いていても情報の接取に余念がない。
その上さらに、自らも発信するから、忙しいったらない―
これに費やされるエネルギーを算出すれば、おそらく相当なものになるに違いない。
それだけのエネルギーを、何か一つのことに一心不乱に注いだら、どんなテーマでもちょっとした成果が得られると思うけど、そういうことはせず、”情報の浅瀬”をあてもなくさまよっているわけだ。
そうした状況では心は、それはくたびれるであろう。そんなこともあって、「心の時代」というのかもしれない。
しかし、本当に心の潤いを求め、心豊かでありたいのであれば、情報というものを果敢に遮断するしかない。
しかし、―イヤ、そんなことをすれば、たちまちバスに乗り遅れてしまうではないか、というのでは「心の時代」は永遠に来ない。
じっさい、情報の時代はともかく、心のほうは掛け声倒れである。

なにかといえば心、心というのが昨今の流儀だが、「安心安全」と同じで、言ったからといって、豊かな心がうまく手に入るわけでもない。
言霊とはいうけれど、もういい加減に、そんな都合のよい言霊はないとしるべきだ。
「心の時代」とか、「心豊かに」などというコトバは響きが柔らかいから、つい甘美な気分になるが、心の豊かさを求めるというのは、じっさいは一種の闘争である。
そこでまず、そうしたコトバがかもし出す甘い気分なぞ捨ててかかるのが、豊かな言葉を求める事始めであろう。
それというのも、いうところの豊かな心の世界とは、好都合ばかりではないからだ。その時々の好都合だけに関心を持つのではなく、不都合なものをも大きく受け止める―。
実に、そこにこそ、豊かな心の世界が展開するのではないか。

好都合はウエルカム。不都合は排除。というのは、なるほど気分は上々かもしれない。しかし、世の中、好都合なものが身の回りにごろごろあるわけでもないから、そうした日常は、自ら世界を狭くしていくだろう。そんな狭小の世界がどうして心豊かなものか。
一見不都合なもの、あるいは、異質なものも毛嫌いせず、よくよく目を凝らせば、いままでとはまた異なったイメージが得られるのではないか。その作業を言い換えれば、わが心を鍛えるということなのだが、まさにそのことが潤いある日常、豊かな日常そのものにつながっているのだ。

法相宗(ほっそうしゅう)とは。
多川 俊映(夛川、たがわ しゅんえい )

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商業

「商業」の名前の起こりは、紀元前16世紀の事、中国に「商」という国があり、
その国の人は売買がとても上手だったため、特別に商業と呼ばれるようになったと伝えられている。
実際に、紀元前16世紀〜11世紀に掛けて存在したのが中国古代王朝「商」、別名「殷」。

商は紀元前11世紀に周王朝によって滅ぼされため、住民は離散し、様々な品物を売り歩いて生活を支えた。
周囲からは「商の国の人=商人」と呼ばれ、やがて「商」は「あきない」を表わす語になった、というのが通説。
つまり商の国が「経世済民」の術にたけ、没落はしたが商いを通して、豊かに政治を行ったことが商業の起こりだと考えられている。

このように、元々は「商」の字には「あきない」の意味はない。
「商」の解字は<章+冏>であり、
”章”は音符だが、「明るく目立つ」の意も持つ。
下の”冏”は「高台」を表わし、合わせて、「どこからも目立つ建物」が原義。
商の字は「高台の上にある家に住む人であり、転じて「高貴な人達。王家。」を示した字だといわれている。

本来の意味からは離れてしまった「商業」と言う言葉だが、
プライドを持って正しく商いをしなさいと示唆してると思いたい。



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経済

「経済」の語源は、中国の東晋時代の古典『抱朴子(ほうぼくし)』(著者:葛洪)にある“経世済民(けいせいさいみん)”の記述にあると言われます。
福沢諭吉はpolitical economyを日本語に訳する際に、中国古典の経世済民から経済を引用したと言われている。

経世済民とは、『世を治め(経め)、民を救う(済う)』という国家統治の枢要を説いた慣用句です。
モノやお金のやり取りを通じて民衆の生活を安定させるという意味が含まれ、
古代中国では『理想的な政治』を意味するものとして使われた言葉です。

「経済」という言葉は耳慣れた言葉ですが、その実態は多岐にわたり漠然としてしまいますが、
私たちの身近なところにあり、生きて行くうえに空気と同じように、なくてはならないものといえます。

時として経済はメディアなどで悪者になる場合もありますが、その本質は無くてはならないもの。
毛嫌いせずに、心から敬意をもって付き合うべきものだと思います。

福沢諭吉が和訳する際に引用した「経世済民」(世を治め、民を救う)が経済の本質だと捉え、
正しく経済を推進することが、将来の日本の子供たちのためになると、わたしは信じます。




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不思議

不思議とは、思案をしても議論をしてもダメという意味。
考えることも、話し合うこともダメ。それが不思議。
先の事を考えようが、過去を振り返ろうが、自分たちが生きているのは今。

今、今しかない。
今をしっかり生きるしかない。
済んだことはどうにもならない。

だから昔の苦労話をするんじゃない。
ある程度、歳を取ると苦労話の一つや二つしたいのは判る。
しかし酒の席で苦労話をする奴って、本当の苦労が足らないんだと思う。

本当の苦労は口に出すのも嫌なもんです。
ほんとうに思い出したくないのが苦労だと思う。
だから言わない。黙っている。

不思議なことがあって、今の自分がある。
苦労なんてなかったんです。
不思議なことがあっただけです。

本当に不思議だね。




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なみだ

生理学的にいえば、
涙があるから眼球がうるおいモノを見ることが出来る。

人生もまた涙することにより、己の進むべき方向を定め、
その長い旅路を歩んでいくことが出来るのだろう。




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磯の鮑の片思い

「伊勢の海の 海人の島津が鰒玉(あはびたま) 取りて後もか  恋のしげけむ」  
万葉集 第七巻1322

岩城の名刺には上に書いた万葉集の言葉が少し形を変えて書かれている。
志摩の鮑(アワビ)は、古くは奈良の平城宮跡から出土した納税記録の木簡にも書き示され、
志摩からは鮑や海藻類が税として納入されました。

鮑は美味で稀少でしたからもっぱら貴族だけが食し、またその貝殻の美しさと、その体内から出来る真珠の神秘さが貴族たちの憧憬の対象となり、数々の歌が詠まれています。

東大寺三月堂の本尊、国宝の不空羂索(ふくうけんさく)観音は華麗な宝冠をつけていることで有名な仏さまですが、この宝冠に鰒玉があしらわれています。直径15mmの茄子型真珠。
天平時代の仏さまですから鰒玉は1200年以上の歴史を刻んでいることになります。
ちなみに宝冠には真珠のほか水晶、琥珀(こはく)、瑪瑙(めのう)、ヒスイなど、驚くなかれ26,000〜27,000もの宝石がちりばめられています。

今日、7月19日は郷里で790年余の伝統を誇る奇祭。【潮かけ祭り】
海の女神・市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)が大島の祠に里帰りするのを祝い、
海女や漁師がアワビ等のその日の獲物をお供えし、
海の安全と大漁を祈願する神事の後、船どうし人どうし海水をかけ合ったり、
海に投げ入れたりする天下ご免の祭です。

昔から慣れ親しんだお祭りに、帰りたかったが、帰れない・・・・
今からリッツカールトンにて経営学のセミナーです。
この身は磯の鮑の片思いのように、身悶えております。



【参照】
不空羂索観音像と宝冠は東大寺総合文化センターに期間限定で展示中。
http://culturecenter.todaiji.or.jp/

原文: 伊勢海之 白水郎之嶋津我 鰒玉 取而後毛可 戀之将繁



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今日は笑おう!

感動は人を変える。
笑いは人を潤う。
夢は人を豊かにする。

そして、感動し、笑い、夢を抱くことができるのは、人間だけである。




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ひらめきと、きらめき。

どんないいアイデアが思い浮かんでも、
「ひらめき」ではなく「きらめき」だと思う。

自分でひらめいたと思って、それが上手く行ったら天狗になる。
また上手くいかない時は、次ぎのひらめきに期待して、すぐに諦めてしまう。

自分の力で「閃いた!」と思わないで、
自分を守ってくれる誰かが気づいてくれるよう、「煌めき」輝いていてくれた思うようにしている。

そう思うことで、感謝の種を蒔き、
成功することで生じる傲慢さの芽を摘んでくれる。



ひらめき【閃き】
一瞬するどく光ること。
すばらしい考えなどが瞬間的に思い浮かぶこと。直感的な鋭さ。

きらめき【煌めき】
きらめくこと。きらきら光ること。「星の―」「知性の―」



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個性

山葵(わさび)は清冽な水を好む。
茄子(ナス)は硫黄を好む。

山葵の峻烈な辛さは清水から生まれる。
茄子の美味は少しの硫黄を加えることによって増す。

しかし、茄子に清冽な水を与え、山葵に硫黄を与えていないだろうか。
自分たちの勝手な思い込みが、子供や周りの環境、ひいては社会の個性までも狂わせている例は多い。


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全気全念の習慣

気が散っちゃ何も出来ない。
でも癖なのか、体に染みついた悪癖はなかなか直せない。
  散る気(ちるき)
  偏る気(かたよるき)
  緩む気(ゆるむき)
  逸る気(はやるき)
  萎む気(すくむき)


なすべきをなし、
  なすべからざるをなさず。
思うべきを思い、
  思うべからざるを思わず。


今日は、食事をしながら本を読むのはやめよう。
目の前の料理を全身で味わおう。
ブタさんに、牛さんに、魚さんに、野菜さんに・・・
そしてお米を作ってくださった農家に感謝しながら・・・
集中して食事を楽しもう。

小さなことにも【全気全念】で挑む習慣を身につける。



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自利利他

人間はただ単に生まれて、そして死んでいくことを肯定していない。
意識的にも無意識的にも、ほかの全ての動物たちを超越し、前代文明を超越し、
かつまた自己をも超越していくことを欲している。

人間が他の動物たちと違うところは、
動物たちが自然の意思に従って太古のままの姿で生きてきたのに対して、
人間は淫欲・食欲、その他の欲望をコントロールして獣たちと同じ部分を超越してきた結果だ。

これこそ人間が血を持って描いてきた数千年の歴史である。
キリストはこのために死に、
釈迦はこのために苦しみ、
孔子はこのために痩せ、
老子はこのために饒舌をあえてしたのだといえる。

そんな私たちの一生が、私たちの後に続く人々の一生を幸福にもするし、不幸にもする。
今日一日「自利利他」の心をもって精一杯生き抜こう。



自利利他(じりりた):仏語。
自らの悟りのために修行し努力することと、他の人の救済のために尽くすこと。
この二つを共に完全に行うことを大乗の理想とする。



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動く光と静かな光

光には動く光と、静かな光がある。

動く光とは、風が吹く野辺の焚き火のようなもの。
静かな光とは、密室の中の灯火のようなものだとする。

光は同じ力であるとしよう。
然し乍ら、動く光と静かな光とでは、その力は同じでも働きは同じではない。

室内の灯火は柔らかく静かだが、細かい字の本を読ませてくれる。
しかし、風の中の火の光は、かなり大きな文字でも読みづらい。

室内電灯の光は弱いが、読書にはとても役に立つ。
シラス漁に使うカーバイドの光は強いが、それで本を読むのは辛い。
こんな具合に光にはその働きに大きな差異がある。

心が同じ力だと仮設しよう。
然し乍ら、強く動く心と、静かに安定した心の動きとでは、その働き具合には大きな違いがあるはずだ。
ちょうど、同じ力の光でも、動いている光と静かな光とでは、その働きに大きな違いがあるのと同じだ。

動き乱れた心では、風の中の焚き火のようなもので、
いくら明るそうに見えても、モノを照らす働きにおいては具合が良くない。
心が静かに定まっていない状態は、気が散っている状態である。

物事を読み解こうと考えるならば、心は静まった状態が望ましい。



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人間は、器+非器で成り立つ

人には器と非器がある。
器と非器があって一個の人間が成り立つ。

内蔵から脳髄、骨格・筋肉・血液・神経・毛髪・皮膚・歯・爪、などに至るまで、
見ることができ触ることができて、空間を占めているもの、
即ち身体(からだ)とようぶものが【器】である。

一方、見ることも触ることもできず、空間をふさいでいないが、存在するものがある。
それを漠然とではあるが【心】と呼んでいるが、これが【非器】である。

この【器】と【非器】を併せて人が形成され、どちらかが欠けても人と認められない。
器の部分を離れて人は存在しない。
そして、非器の部分なしでも人は存在しない。

通常の人間は、器の心臓や胃・腸・肺などは模型や解剖学の図でしか知らない。
それらの臓器は自分の意思ではなく勝手に動く。髪や爪は勝手に伸びていく。

器は器だけで存在できず、非器は非器だけで存在することはできない。
ある時は、器が非器を率い、非器が器を率い、またある時は器と非器が一体となり、
ある時は器と非器が相対したりする。

そして器が非器を、非器が器を超越して様々な状態を生じる。
身体に体格があり、性に性格があるとすれば、
体格と性格との、この交差するところを【気】と言う。

体格は元々仮定である。身体は時々刻々に変化する。
性格もまた本来仮定であり、性格は時々刻々変化をする。
生まれた時から死ぬ時まで変わり続けている。

人が生きていることを【気がある】とし、人間一切の事柄は【気】が仕切っている。
何かの事柄を始めようとすることを「生気」といい、やろうとしないことを「死気」という。
やろうとしてできず、やる気がないのにグズグズしているのを「余気」という。


人というものを X とすれば、身(器)は X から思考・感情・命令などをするものを取り除いたものである。
これを数式にすると、
  X = 人
  Xー(A+B+C・・・・・・) =身(器)
にとどまる。

心はまた、いわゆる人から身を引き去ったものと言うものになる。
これを数式にすると、
  Xー { Xー(A+B+C・・・・・・)}=心(非器)
と、言うに過ぎない。



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すべての物には、物の気がある。
花には花の気があり、竹には竹の気がある。
海潮の気を潮気といい、山岳の気を山気という。

古くから日本では【気】を「におい」で表現した。
今では、匂いや香りの嗅覚だけに使われているが、
本来は色の艶、声の響き、人の容姿などに広く使われていた。

また、香道においては「嗅ぐ」という表現は不粋とされる。
香を「聞く」と表現するのが正式であり、「気(づ)く」と考えても差し支えはないだろう。

ひとの【気】を考えた場合、戦いの前に闘志溌剌とした気を感じることができる。
人の気、すなわち人気とは、その人から立ちのぼって外にあらわれるものである。
他にも色気などがあり、目には見えないが感じ取れるものである。

他にも殺気・死気・病気・噴気・争気など人の気を用いた言葉は多い。




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新粒子を発見したと、欧州合同原子核研究機関(CERN)が2012年6月4日発表した。
万物に質量(重さ)を与えると考えられてきた「ヒッグス粒子」は、
素粒子物理学の基礎となる「標準理論」の中で唯一見つかっていなかった素粒子だ。

天地には【気】はひとつしか存在しないと「荘子」は説いている。
そもそも気は、物から発するものなのだが、極めて微妙で捉えにくい。
その物の気というものは、すなわちその物の本体と同一のものであり、本体の目に見えない、
いわば微粒子のようなものである。

気と物が離れたら、物はすでに物でなく、物と気が離れれば、気はすでに気ではない。
気はすなわち物から生じてくるもので、物はすなわち気の基づくところの気である。
言い方を変えてみると、静かなる状態を【物】とすれば、動く状態を【気】といえる。
あるいはまた、根本を【物】とするならば、末端を【気】ということができる。

具体的に例えれば、水を物とするならば、水上のモヤは水の気であり、
火を物とすれば、熱い熱が気である。
水があれば当然湿気が生じる。
火があれば乾燥して熱くなる。

湿気や熱や乾燥は目には見えないし、とらえどころもないけれど、気は本体である物と同一不可分なものだ。
水がなくなれば湿気も存在しないし、火が消えれば熱も乾燥もなくなってしまう。



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四季

一年は短い。
しかし、春には春の力があるように、四季それぞれの力が人間を支配している。
人間と四季の関係は、昔から感覚の鋭敏な詩人・歌人たちが、
その作品の中に四季それぞれの大いなる力を詠んでいる。

宝石・鉱物界には「生理」があるのかないのか不明だが、【物理】がある。
植物界には「心理」があるのかないのか不明だが、【生理】と【物理】がある。

ガーネットは生長するとか、トパーズは少しずつ老いて色を失っていく事実があっても、
それは物理現象であって、生理の分野ではないようだ。

フライトラップ(蠅捕草)は自分の意思で昆虫を獲るとか、含羞草は感情的に動くとかいわれる。
また、ある植物は少しずつ位置を変えて、あたかも歩いているように見えるというが、
これらは物理・生理の領域であって、心理の世界ではないようである。

人間と動物のレベルに至って、初めて物理・生理・心理がともに働く、と言うことができるのではないだろうか。

もちろん四季の力は、鉱物界に対しても影響を及ぼしている。
鉱物体の隙間にある水分は冬の寒さで凍って膨張し、春の暖気で溶け去って崩壊作用を起こす。
また夏の厳しい日差しや長雨で酸化作用を促し、秋の台風や冬の霜などで
力学的・熱学的作用が働き、絶えず変化が生じているのである。

植物は、当然のことながら鉱物に比べて、ずっと大きな影響を受けている。
季節による太陽光線の温度と量の変化によって異なる物理作用を受けるのはもちろん、
植物自体が生理作用を持っているだけに、物理作用が生理作用に影響して、生理状態が季節と共に変化推移していく。

ところで人間はほかの動物達よりはるかに優れた【心理】をもっている。
その心理が有力である分だけ四季からの支配がほかの動物ほど明確ではないので、心理の力だけで動いているように見える。
人間が他のものに比べて優秀なのは、疑いもなくその「自意識」の旺盛さによるものであるが、
自意識の旺盛さだけですべてのことが片付くわけではない。

太陽の熱は、自意識の旺盛なものにも、無意識なものにも平等に降り注がれている。
四季の循環は、すべてのものの上に平等に行われているのである。
自意識が旺盛すぎると逆に観察の知恵が働かなくなって、自然の自分に及ぼす影響の本質を見落とすようになる。


ガーネット族(GARNET GROUP) 
  和名 :柘榴石(ざくろいし)
  比重 4.05
  硬度 7-7.5
  屈折率 1.76-1.82
トパーズ(TOPAZ)
  和名 :黄玉(イエロートパーズ)
  比重 3.53
  硬度 8
  屈折率 1.61-1.64(色による)
ハエトリグサ(蠅捕草、Dionaea muscipula)
  別名、ハエトリソウ、ハエジゴク。
  葉を素早く閉じて獲物を捕食する姿が特徴的で、ウツボカズラと並ぶ有名な食虫植物。
オジギソウ(お辞儀草、含羞草、学名:Mimosa pudica)
  ネムノキ科の植物の一種。別名ネムリグサ(眠り草)、ミモザ。





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助長と剋殺

善いことは善い、悪いことは悪いと評価することは間違いではないが、
感情の赴くままに白を黒と言いくるめたり、悪意を持って攻撃することは許されない。

人にとって大切なことは、いつも柔かみと温かみを持っていることだ。
「助長の作用」はしても、「剋殺の作用」はしてはならない。
「助長」(じょちょう)とは読んで字の如しで、助け長ずることであり、
「剋殺」(こくさつ)とは切り刻み殺すということである。

人間の周りにある、すべての美しいもの、役に立つものには「助長」の心で接し、
けして「剋殺」の行為をしてはならない。
花は美しく笑えるように、鳥は高らかに歌えるように、馬はたくましく育つように助長してやるのが人間の努めである。

然し乍ら、観点を変えると剋殺もある意味、造化の作用として未来を切り開く変革の力にもなり得る。
国会で言えば小沢一郎先生の行動は、世の中の変革のお役に立っているとも言えなくもない。
しかしこれは生臭い国会の人間関係のみに許されることであって、美しいもの、役立つものを破壊する行為を正当化するわけにはいけない。

ある人間がいて、あることを成し遂げたいと思っている。
その目的が悪いものでない限りは「助長」の心で後押しをしてやりたい。
そうすることをやりたくなければ傍観しても良いが、絶対に邪魔をするようなことがあってはならない。



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志(こころざし)は抱くのか、保つのか、決めるのか、それとも・・・

いわゆる志を立てるということは、
あるものに向かって心の方向を確定するということで、
言い換えれば心に何を持つかということだ。

だからこそ、心に持つものが最高最善のものでならないのは自然の道理である。

それゆえに、志を立てるときは、
その志が堅固であることを願う前に、まず志が高いものであることを願うべきである。
そして志が立った後で、それを堅固なものにしたいと考えるべきである。



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