今日の空 (自分を奮い立たせる朝のひとこと)

1996年に日本で最初の真珠のECショップを開設し、決済システムの必要性からNTTリバイ、アコシス、キャピオン等の電子決済システム構築に関わると共に1999年からは国・地方行政からの依頼で、公務にて新規事業支援分野、主にEC・ベンチャー支援業務として各地を行脚しました。
特に宮城県の産業支援に6年間毎月通うことになり、本当にお世話になりました。感謝しております。
2006年度から、特任教授の肩書きで国立大学のお仕事をさせていただきました。
素晴らしい仲間と多くの学びを頂戴しました。(少しは国の為にお役に立てたかな?)
2009年10月からは、日本の伝統産業である「真珠」業界の輝きを取り戻す為に楽しく笑顔で、日本全国にご紹介させていただきます。
さぁ今日も朝の一言から頑張るか  岩城達夫 

歌詞はちょっと悲しいですが、好きな歌だ
「SUKIYAKI : 上を向いて歩こう」
It's all because of you,
I'm feeling sad and blue
You went away, now my life is just a rainy day
And I love you so, how much you'll never know
You've gone away and left me lonely

海からの贈り物ー真珠・パール

社会情報学フェアとSNS(ソーシャルネットワーキングサービス)

b8b4d4de.jpg京都大学の吉田キャンパスにて12日から今日14日まで、社会情報学フェア2005が開催された。
「InterSociety - ユビキタスネットワーク社会における知的協調・連携基盤の創造」のワークショップにはお世話になっている野口正一先生(仙台応用情報学研究振興財団・理事長)が招待講演をされていたのですが、12日にはSNSのミクシーを題材とした研究発表があったのですね(残念!と言っても当日は仙台だったけど)

Webが生み出す関係構造と社会ネットワーク分析 ワークショップ

mixiを社会学の視点で分析すると人間関係はどのように広がっていくのか?
mixiの巨大ネットワークを分析すると、独特の人間マップが見えてくる?

イーマーキュリーが提供したしたデータは2005年2月時点のもので、ユーザー数は約36万人。個人が特定できないよう加工されている。(登録会員数は今日の時点で123万人)

mixiユーザーの平均マイミク数は20.95人だが、50.9%のユーザーがマイミク数4人以下。マイミクが1人だけのユーザーも23.6%いた。
さらにマイミク数5人以上の分布は、5〜11人が17.1%、12〜25人が24.3%、26〜40人が15.4%、41〜87人が20.6%、88〜197人が10.1%、198〜1301人が2.9%となっている。

マイミクが41人以上のユーザーは全体の4.8%に過ぎないが、構成するリンクは全体の33.6%を占める。一方、マイミクが5人以下のユーザー(全体の50.9%)が構成するリンクは、全体のリンクのわずか9.5%に過ぎない。
Mixi001

現在日本には100以上のSNSがあり、底辺ではMixi中毒なる現象も生じている。また、Mixi中毒からSNSコンサルティングに転向したつわものも出る始末だ。

mixiのネットワーク分析は、同じ興味を持った人が集まって意見を交わせる場=コミュニティー分析にその妙があるわけだが、ユーザー数上位200位までのコミュニティーから2つを取り出し、共通して入っているユーザーの割合が高いほどコミュニティー間の関連性が深いと定義。関連の深いコミュニティー同士をつないでマップ化すると、同じ分野のコミュニティー同士が近くに並んだと言う。面白い分析だ。
Mixi002

さて、社会情報学としてのSNSでは面白いデータが用意された。
人間関係ネットワークが情報伝達や購買の判断にどう影響するかマーケティングシミュレーションの出番を待ちたい。

今日の空(大阪へ)

仙台の夕暮れ
今回の仕事の仕上げに澁沢さんと男二人で海を見に行く。

海は良いねぇ(笑)

さぁ、伊丹行きの最終に搭乗しょう。

初当選の朝

20050912

数時間前に初当選したばかりの新人石原宏高氏が目の前にいる。

当選のお礼とこれからの国政に対しての抱負を話す。それも議員本人、ひとり。で・・・・

うぅ〜ん!大阪は勿論?地方選挙区にはこんな候補者居ないよなぁ
二日酔いで寝てるか、団体組織回りが関の山だろう。
それとも他の先生もやってるの?(ただ単純に感動しただけかも?)

ちょっと時間が合ったので、テレビで見たまんまの笑顔で私とお話をしてくれました。

「当選おめでとう!これから、頑張ってください。」


大井町駅前
AM7"15



以下の資料の出口調査では自民党の圧勝を開票前に予測している。
珍しく強気な出口調査結果に驚くと共にその調査精度にも高い関心を寄せる。

選挙

今日の空(八尾)

9月10日土曜日晴れ→曇り

5c81a951.JPG仕事のことで悩んだら、ちょっとお空の散歩としゃれてみよう。

ほぉらぁ、そんな小さなことで悩んでいないで
もっと心を広く持って考えてみようよ

君に期待をするから少し言葉が過ぎたかもしれない。
でも悩むことは無いんだよ
悩んでも時間が過ぎ去るだけだから

まず一歩踏み出してごらん
大空に飛び立つように・・・・・


阪急航空さんのセスナを貸切で大阪遊覧を楽しみました。

ジョン・ウィルキンソン

a6718a0a.jpg来るべき産業構造の改革に向けて、まず歴史的観点から経営革命の事例を学び直そうとお話しする機会が多いが、昨日大阪を代表する研究開発型企業の代表、秋山千尋さんにお会いする機会があった。
日々業務多忙にも関わらず小生如きのために1時間以上も時間を頂戴し、大阪のベンチャー企業やモノづくり企業の育成を熱く語ってくださった。
(秋山会長は元大阪府中小企業支援センターのプロジェクトマネージャー等を歴任)

企業コンセプトに載せている一文に、以前読んだ記憶がある本(経営革命の構造 岩波新書)を思い出した。


蒸気機関の生みの親であるジェームス・ワットの成功は、友人のジョン・ウィルキンソンの協力が無ければ机上の理論で終わっていたことだろう。
ウィルキンソンが開発したシリンダーの中ぐり盤は直径約1,450mmのシリンダーをわずか1.5mmの誤差で削ることができたからだ。
当時の技術レベルではワットが要求した精度は、不可能と誰もがあきらめるような無理難題であったに違いない。
それでもなお不可能と思われることに果敢に挑んでゆく。その精神が新しい時代を切り拓いてゆくのだ。

発想は具現化して初めて発明となる。
想いを明らかにすること、それには技術力が必要だ、今も昔も・・・・・

さて、次は私たちが持っているITの知識を何と結び付けてみようか!





【子供の本から】
「ジェームス・ワット」(1736-1819)
〜ワットの蒸気機関〜
1765年のある日曜日、散歩をしていたジェームス・ワットは、新しい蒸気機関のアイデアを思いつき、さっそくアイデアを実現するための実験を開始しました。しかし、実験に必要な資金がかさんでしまい、彼は貴重な歳月(さいげつ)を資金稼(かせ)ぎに費やし、なかなか発明を完成させることができませんでした。
それから10年、苦労の末、ようやく発明の完成にこぎつけたワットは、特許を申請(しんせい)し、1775年から25年間の保護を与えられました。
特許によって豊かになった彼は、その後、研究に専念することができるようになりました。
そして、蒸気機関の性能を向上させるさまざまな発明や、ピストンの往復運動を回転運動に変換(へんかん)する発明などを、次々に完成させていったのです。
そして「ワット」の名前は、彼の功績をたたえて電力や仕事率の単位(W)となったのです。
         あとがき:久しぶりに読むと・・・おもしろいねぇ(笑)

今日の空(釧路)

c8e8c161.jpgインターネットでの販売(EC)黎明期に何と無く、本当に不思議に集まったメンバーが居る。
会の名は、インターネットなかよし会。
熱海の温泉宿で産声を上げた会も何年になるのだろうか?
各々の成長を喜び、自分の行動を振り返り、又前進させてくれる友がいる。

また懐かしい顔に会える・・・・恥ずかしくない自分でありたい・・何時までも・・・

大阪 晴れ
釧路 曇り

温度差16度
夕刻の釧路に降り立ったら【寒い!】
4A

選挙期間中のHP書き換えは、公選法に違反?

選挙期間中のHP書き換え、総務省「公選法に違反」との見出しがASAHI.COMに掲載された。

事の発端は、民主党の岡田代表の顔写真や「政権交代」を訴える演説内容などが掲載された(8月30日)事なのだが、どの箇所が法に触れるのだろうか?

これに対し、同党は「選挙関係の記事は4月の衆院統一補選の際も掲載したが、指摘・指導はなかった」と反論し、1日に公選法の解釈を問う公開質問状を同省に出していた。

その結果が以下の記事だ。
総務省選挙部は2日、選挙期間中のホームページ(HP)の開設・書き換えが公職選挙法に違反するとの解釈に変更はないとの見解をまとめ、民主党に文書で提示した。
 また、総務省は同日、民主党の指摘を受け、一部のHPを更新していた自民党に対しても、「公選法に抵触する恐れが強い」と連絡した。
 民主党は8月30日に岡田代表の第一声などを党のHPに載せ、総務省から「許可された文書・図画以外の頒布を禁じた公選法に抵触する恐れが強い」との指摘を受けていた。
 これに対し、同党は「選挙関係の記事は4月の衆院統一補選の際も掲載したが、指摘・指導はなかった」と反論し、1日に公選法の解釈を問う公開質問状を同省に出していた。
(2005年9月2日23時40分 読売新聞)

どうやら、「総務省は個別の事案が違法かどうか判断する立場にない」としながらも、一般論として、「選挙運動期間中の街頭演説を掲載した場合は、公選法に抵触するおそれが強い」とお考えのようだ。

HPの有効性を認めながらもその力が及ぼす範囲の把握が出来ていない・・・・うぅ〜ん、10年ほど前から総務省は勉強会を作り(選挙とインターネットや電子投票、政党のHP利用範囲の研究)検証してきたはずなのに、まだ前例が無いとごねて自分たちで裁定をしようとしない。

総務省がジャッジをしないのなら、裁判所の仕事が増えるだけですやん
なにがなんでも「裁判所」に下駄を預けるのはもうやめようよ・・・時間が掛かるだけですし、何よりも総務のプロとして恥ずかしいと思うよ。もっとプライドを持って仕事をしましょう・・・上級国家公務員の諸君

それにしても選挙中のHPの書き換えが出来ないなんて・・・・○○ー○を入れない珈琲みたい!(笑) 苦味だけが残るなぁ〜

デジタル家電はソフトの化け物 市場バグは命取り

デジタルTV・携帯電話・デジカメなどのデジタル家電は市場に出るまでのソフト検証に膨大な時間と手間隙を求めている。一旦市場に出てからのバクに動作支障が大きければ商品回収などの莫大な保証を求められる。

ベンチャーも研究開発型から実証・検証型への移行も面白いのではないだろうか?。
何故なら日本の市場ニーズは確実に検証型へ、そのマーケット領域を広げているように思う。

YES!PROJECT

堀江貴文氏が衆院選出馬のニュースに際してITベンチャーの若造が運良く大金持ちになって、さらにその知名度と手持ちの金を生かして政界に参加しようとしていると聞くことが多くなった。

しかしながら十数年間ベンチャー企業のトップの方々と会う機会が多く彼らの考え方に接する機会の多かった私から言えば、ほとんどの経営者が自分のビジネスを通して行政のあり方や社会の改革を真剣に考えている方々である。

一例とお名前をお借りするならば、「 グッドウィル・グループ」の折口雅博氏は巨大ディスコ「ジュリアナ東京」、「ヴェルファーレ」 の仕掛人として有名であったが、24時間在宅介護の事業に進出するときに随分と批判を受けた。
その殆どが「行政で事足りている福祉事業に金儲けのグッドウィルが参入するのは怪しからん!」との意見が圧倒的多数だった。

しかしながら、本当に介護を必要とする家庭においての問題点は、学者や行政が用意した解決方法では何の役にも立たなかったのだ。寝たきりの方用にこのようなお風呂を提案させてくださいと言っても法律だとか行政の壁があってよい品でも採用が難しかったのが実情だ。
それでも結果的には折口氏は24時間介護の「コムスン」を日本一の福祉事業会社に育て上げ、介護を真剣に必要としている顧客からの圧倒的な支持を得ている。
「事足りている」と声高に批判を繰り返してた評論家や行政関連側の人たちはどうしたのだろうか?

新しいビジネスを展開するときに、必ずといっていいほど、行政との問題、法律や制度との問題など、解決しなければ会社が前に進めない問題に当たるのである。だから、ベンチャー企業の経営者たちは、否が応でも、すべての問題の根底にある日本の政治というものに目を向けることになる。


さて、グロービス代表の堀義人さんのBlogで、衆議院選挙に向けて、若手起業家からの提言-「YES運動」ということを提唱された。大賛成だ!さっそく参加!



   日本を変えよう!
   僕たちならできるから。

   今、僕らが立ち上がり、
   もっと積極的に発言し、
   選挙に行き、
   改革を進める人々をサポートすれば、世の中を変えられると思う。


 
    「選挙に行きますか? YES!」
    「改革を進めたいですか? YES!」
    「もっと発言しませんか? YES!」

     ――それが YES!PROJECT ――



YES! PROJECT

今日の空(鹿児島)

a35710f0.jpg島津斉彬が築いた近代国家への礎を今改めてこの目で見て勉強出来た鹿児島散策だった。
日本で始めて言えるIT:インフォーメーションテクノロジーと言える電気式モールス通信の成功した場所に立つと幕末から明治維新へと近代日本の変換を推し進めた人々の顔が見える。
ITだけではなく資料館では日本の外交の窓口として機能していた経験からか、海軍力の増強の必要性を強く感じ、軍艦の建造に力をいれ、其の事業に付随する形で大砲の建造の必要から製鉄事業、帆布の関連事業として紡績、電気分解法による製本、写真、地雷、水雷、ガス灯、ガラス製造・・・・凄いとしか言いようがない斉彬の功績だ。

1858年勝海舟がヤーパン号(臨海丸)のオランダ人を薩摩に連れてきてプレゼンテーションを行い、薩摩藩が日本の近代化へ突っ走る切欠となる。
と、此処までは知っていたのだが、ヤーパン号の寄港の年の夏に斉彬は没していたのだ。こんなに早く亡くなっていたとは・・・・知らなかった。
それなら、西郷隆盛や大久保利通をはじめとする薩摩のぼっけもんは、誰に教えを乞いたのだろうか?

今回は某団体の要請で「新規事業研究会 夏季セミナー」のスポット講師としてお話をさせていただいたのだが、「失敗することの怖さ」を中心に・・・・失敗はいずれか過去の事になる、しかし失敗の恐怖は心にダメージを与える等と生意気にもお話をした。

私の話なんかより、みんなで島津斉彬を祀ってる照国神社に参拝に行けばよかった(笑)
失敗を恐れない斉彬の精神がそこに眠っているから・・・

ありがとう!鹿児島。素晴らしい人々に出会いました。ほんとうに感謝です。
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